映画刀剣乱舞の感想文(ネタバレあり)(とりあえず備忘録として)


touken-movie2019.jp

 

私の!推しである!鈴木拡樹さんが!主演!!!当然見るよね!!!!!

 

※このブログ記事はネタバレを含みます。

 

 

まず、初見ではストーリーについては正直展開が読めるので特に驚き!カタルシス!みたいなものは無かったです。面白かったけど、うわぁああああ!みたいな興奮はありませんでした。

でも、2回目、3回目と繰り返し見るうちに、セリフではない部分での伏線の見事さに舌を巻いたし、展開が分かっていても面白くなるように作ってあるんだ、だからストーリーの先が読めるのは別に面白さに大きく影響する問題ではないのだなと思いました。

それから、これはあまり刀剣乱舞に思い入れがない人の方が楽しめるかもしれないと思いました。

思い入れがあると、いわゆる『地雷』をふむ可能性があるからです。

メディアミックスを多数経験していて、かつその違いを楽しんでいるなら何も問題なく楽しめると思いますが、メディアミックスのうち1つしか見ていないとか、○○は好きだけど××はちょっと解釈が合わなくて好きじゃない、みたいな方は、正直ネタバレチェックしてから大丈夫か考えた方がいいなと思いました。

私は特に何も地雷はありませんが、自分の考えとの解釈違いを「これは別本丸の話」として許容して楽しめないなら厳しいのではないかなあ、と思いました。

 

 

※このブログは備忘録です、文章が追記される可能性があります。なお、これ以降ネタバレ含みます。

 

 

 

 

 

鶯丸がなぜいるのか?とキャスト発表時から話題になっていましたが、すごく納得しました。本丸に残る刀剣男士が作劇上絶対に必要だからです。

ちゃんともさんのインタビューでも「鶯丸は三日月の右腕」と言っていましたが、映画では留守居役は状況的にかなりの重鎮ポジションであり、おそらく審神者の信頼も篤く三日月の意を汲めて、対等に意見できる立場でないとならない。意見できるだけではなくて、それを三日月が受け入れようと思うような男士である必要があります。

となると、平安期までの古刀といわれる刀たちから選ぶことになるかと思うんですけれども。(個人的な意見です、和泉守の意見もきちんと聞く三日月宗近もおられましょう)

本来は三条からチョイスされるところかなと思うのですが、他の刀から三日月に寄りすぎていると判断される可能性がある。(メタ的には刀ミュに出てるからかな、と。刀ミュと刀ステと両方に出ている男士は三日月と大倶利伽羅だけど、両方とも間を置かずほぼ同時期にお目見えしているんだよねえ…)

鶴丸留守居やるより出陣・遠征に行きたがりそう。小烏丸は映画の企画が2016年スタートということで実装されていたかどうか…。大典太は積極的に意見したりしなさそう。大包平は2016年末実装なので企画時未実装。数珠丸はあの髪ちょっと大変なので必要がなければ避けたいと思うのでは…?

という訳で鶯丸さんになったのでは?と推察しました。たぶん外れてます(笑)

こういう、考えてもどうにもならないことを、つらつら考えるのが好きです。

 

 

二度目の出陣における三日月の行動について。

信長が無銘に襲われ、三日月と戦線離脱→安土城へ、のくだり、三日月は『真実の歴史』通りにしようと行動しています。無銘に信長を弑させれば『史実上の歴史』通りに事が進むのに、そうしない。

おそらく、映画の設定では『史実上の歴史』通りであれば後の世に影響しないのだと思います。でも、三日月は頑なに『真実の歴史』通りにしようとする。

なぜなら「歴史とは人」「人を守りたい」から。刀である己からすれば、とても儚い「人」を守りたいから。

信長という「人」を守りたい、それは命を救うことではなくて、その歴史を生きた織田信長という人の生き様であり、死に様であったから。

一見、三日月のしていることは信長にとって酷なように見えます。無銘から助け、安土城に送り届け、そこに秀吉が攻めてきたら「あなた様はここで自害するのが真の歴史」と死ぬことを促す。

でも、何者かも分からない相手に殺されるより、覚悟と誇りを持って自害する方が「織田信長の死に様」としては華々しく”らしい”死に様なのではないか。三日月はそれを守りたかった。自分から見ても「天晴れ、魔王の死に様」と評せる最期を遂げさせたかったんだと思います。

それに、廃寺のようなところで信長に目的を聞かれ、あなたを安土城に連れていくことだ、と伝え、信長に「願っても無いこと」と返された時の表情、初見では考えが読めないようにしているのかな?と思ったのです、無表情ではない、けれどどういう表情なのか分からなくて。でも信長は安土城で死ぬのだと分かってみると、すこし痛ましいような、そんな表情に見えて、三日月は人がいとおしくてしょうがないのかもしれないと思いました。

この辺りの印象は、また鑑賞したら変わるかもしれません。

 

 

鯛ちゃんさんが32歳とか嘘でしょ、と思いながら見ました。カラコンのサークル大きめのを装着しているとしても、すごく若く見えるんだけど…?

 

長谷部のウィッグがとてもナチュラルなので、アップになるとつい生え際を見てしまう病に罹患しました。

 

ちゃんともの鶯丸はドール仕様。あの顔、カスタムドールで見たことある。特に正面アップで口閉じてるととてもドール感がある。

 

戦闘中の薬研がどちゃくそ格好いい。よくアップで抜かれるんだけど、髪が乱れて少し顔が隠れてしまっていて、だがそれがいい

戦闘時の構えが2つあると思うんですけど、立ちの構え(庭で8振り集合してる際のもの)も格好いいんですけど、態勢低くして構えるのが滅茶苦茶格好よくて痺れる。骨喰と共闘してるとことか、骨喰追おうとしたら無銘が立ちはだかって急停止したところでの構えです。

友達を連れて行ったら(私の奢りで)、鑑賞後に「脚…脚が…太もも……」としか言わなくなってしまったので罪深いと思います。

 

 

八嶋さんの秀吉、すごくないですか?!すごい!好き!(笑)

悲嘆→閃き→野望に移り変わっていく表情よ…!あと風呂で「天下が見えてしまった(から信長は邪魔なので殺す)」と呟くときの顔。本当に良くて、ほえーってなりました。

 

時間溯行軍の大太刀(敵ボス)の倒し方、ダサいな、と思ってしまいました。周り取り囲んで一太刀ずつ、ってお約束的なのは分かるんですが、8振り構えてるところから、機動高い順に三日月追い越していって切りつけるのではダメでしたかね…?

ニコラウスの話

 

oshigotoid.hatenadiary.jp

 

こちら↑で別記事にしますと書きました、ニコラウス・ヨーハン・ベートーヴェン(鈴木拡樹さん)の話をします。

キャストが推しなので長くなりそう、という予感がしたので別記事にしました。

 

 

拡樹さんの出演が発表されたとき、初演を観劇済みの方が「ニコラウスはキャスト表の位置の割に出番多くない」というツイをされていたので、そのつもりで観劇したら、なんかずっといるね…?ってなりました。

2番手の天魔王より主演の三日月より板の上にいる割合が多いような印象でした。

キャスト表の位置の割に目立つ場面がない、もしくは出番の割に台詞が多くない、という意味だったのかも。でも舞台上に長くいてくれるだけでも感謝ですね!台詞がなくても舞台上にいてくれれば演技が見られるので楽しいです。

もちろん、台詞があればもっと楽しいですけどね(笑)

 

隙あらば推し定点で観劇してしまうという悪癖持ちのオタクなので、初回の観劇はなるべく前方席ではない位置で、双眼鏡(オペラグラスという可愛らしさではない)は使わずに全体を観る、というのを心がけています。まあそれでもやっぱり推しが出てくると推しを見がちなのですが。

今回も1階やや後方のサイドブロックで初日を観劇しました。そんなに遠いわけでは無いけれど、細かい表情は見えないという位置でした。

それなりに拡樹さんオタク歴が長いので、台詞の内容と声音から(いま多分この表情)と勝手に脳内補完していました。便利…なのか?

そんな席位置でも2幕でオールバックに髭なのはきちんとよく見えました(笑)

もう(髭!え、髭???てかオールバックもアレですけど!髭!!!!)ってなりましたね!予想外過ぎて。

ヘアスタイル、初日~1週間後に観に行ったときまではベッタリ撫で付けられたオールバックでした。その次に観に行ったら自然に後ろに流していて格好良くなっていてよかったです。

髭は初日は本当にびっくりしたけど、2回目の観劇の際に双眼鏡使ってアップで見たら特に違和感なくお似合いでした。

あ、あと肩パッド!(笑)あまりに分厚いのが入っていて笑ってしまう、拡樹さんは凄い撫肩だからジャケットコートのフォルムを綺麗に出すには仕方ないのかな。あのスルーっとした撫肩はもうチャームポイントだと思うので少しさみしいです。

 

少し脱線しますが、公演後に撮った写真だと付け髭取った後が分かりますね。肌を大切にして欲しいです。あんまりケアに時間をかけるタイプでは無さそうな気がするので心配になります。

 

 

さて、本題。

ニコラウスはベートーヴェン家の末弟で、ルートヴィヒに振り回されつつもその才能を信じ、敬愛しているのですが、カスパールのことも好きで、兄2人に対する愛情に優劣はなく、とにかく家族を大事する人だと感じました。

ルートヴィヒには対しては尊敬が強く、カスパールに対する方が兄弟としての気安さがありました。ベートーヴェン家では長兄は父親的なポジションで次弟末弟が普通の兄弟のような形でした。

 

2幕で親権争いの際にヨハンナの側に付くのは、ヨハンナを家族として考えているから。ニコラウスとカスパールは各々ルートヴィヒに対するよりもお互いの距離が近かったし、ヨハンナとも親しかったのではないかなあ。

ニコラウスが「子供には親が必要だよ」と言ったとき、ルートヴィヒは親といったら自分を暴力で支配した父親のことでしかないから「あんな親に育てられたお前がそれを言うのか!」と返すけれど、ニコラウスはラヴィック医師への対応から見てもルートヴィヒ程には殴られていないだろうし、母親のことも念頭にあったのでしょう。

ルートヴィヒの家族として彼の危うさ(精神的に不安定であること)も知っていたでしょうし、何より自分がルートヴィヒを父親代りとして過ごした経験があるから「兄は親としては充分ではない」と思っているからこその「親が必要」なのではないかと。単に常識的な意見として言った訳ではなくて、実際の父母ではなくても子供には愛し育んでくれる『親』が必要で、それにはルートヴィヒはなれないと無意識に思っていたのではないかと思いました。

(かなりニコラウスに肩入れしている意見だという自覚はあります)

 

2幕冒頭でルートヴィヒと決別するとき、その時点でカスパールはヨハンナと結婚してベートーヴェン家から出ています。

カスパールがいなくなって、それまでは兄弟2人で受け止めていたルートヴィヒの理不尽な部分を一人で受けることになっただろうし、そこで限界を感じるようになったのかなと思いました。

もちろん一人の人間として、兄に付随する人生ではなく、きちんと独立した人生を歩みたいという気持ちが第一にあると思いますが。

 

マリアに対しては、最初から好意丸出しでかわいいです。端から見てもうきうきしてて、ちょっとからかいたくなりますね。

でも2幕でのプロポーズ、ちゃんとマリアを見ていればもっと成功率の高い言葉があると分かる筈なので、だから再会した時に「家政婦をしてくれていた人ですって?」(別に私でなくても良かったんでしょう?)って嫌味言われるのだよ…と思いました。メタ的にフラれなくてはならないので仕方ないのですけれど。

でもナネッテに口説いてる途中で乱入された上に八つ当たりで責められるのは流石に可哀想だと思います。

 

【12/25追記】____________

昨日観劇したら、再会時のマリアとのやり取りが少しだけ変わっていました。

東京公演時

マリア「結婚したんですってね」

ニコラウス「…ああ」

マリア「家政婦をしてくれていた人だっけ?おめでとう」

だったんですが、

横浜公演時

マリア「結婚したんですって?家政婦をしてくれていた人と。おめでとう」

くらいのさらっと感になっていました。東京公演でも段々嫌味っぽい成分抜けていっていたのですが、横浜公演ではセリフ自体も少し変えて、さらりと事実を言っているだけになりましたね。「家政婦をしてくれていた人」は「音楽の素養がある人ではない」という意味=ルートヴィヒが許さない、に係るので削れない部分だし、うまいこと処理したなと思いました。マリアのニコラウス歯牙にもかけてない感出ていて良いです。

___________________

 

甥のカールが自殺未遂を起こした際にラヴィック医師と現場に駆け付け、カールをベートーヴェン家に運ぶ、という描写があるのですが、そこでニコラウスがカールを抱き上げて運ぶのです。そりゃもうテンションが上がります(笑)

拡樹さんは身長そんなに高くないし、顔も柔和だし、とにかく細いので、誰かを抱き上げる場面はいままで一度も無かったんです。(少なくとも私は知らない)

これが初演の和樹さんなら別に何も珍しくないと思いますが、拡樹さんに関してはとてつもなくレアなのです。そんな役がくると思ったことありませんでした。そもそも出来るとも思ってなかった、とても失礼な話ですが。だって拡樹さんすごく腕細いんですもん…

 

また脱線しますけど、そういえばきたむー*1が秋人くん*2を姫抱っこしてぐるぐる回してるの見たことあったなと思い出しました。(秋人くんの方が体格いい)

なので多分体幹しっかりしてる男性は相手の協力があれば大体できるんだろうと思いました。あと抱き上げられる方も体幹しっかりしてる方が多分やりやすいんじゃないかと思いました。重心がずれないから安定しそう。

 

 

拡樹さんは自分の役が、その作品の中で求められている役割が何か、なぜその作品にその役が要るのか、というのを踏まえて芝居をする役者さんだと思っていて、なのでまあこういう作品でこの役ならそうなるわなーってくらい印象がさらっとしてる気がします。ニコラウスとっても普通の人だから。

絶対に出すぎたりしないので…そういうやたら職人ぽいところも好きなんだけど…そして「俺が俺が」する鈴木拡樹とかもうそれ鈴木拡樹じゃないし…(『鈴木拡樹』という概念が自分の中に存在していることに気が付きました)ただ常に推しには今より売れて欲しいと思っているので、たぶん全く知らない人が見たら特に印象に残らないだろうと思うとそこは少し残念です。(オタクって本当面倒くさい生き物)

普通の人をきちんと演じられるのが上手い役者だと思っているので、普通の人であるニコラウスをさらっと普通に演じているのを観られたのはとても嬉しかったです。

普通の人って舞台作品になかなか登場しないので(特にエンタメ作品では)、こういう機会があって良かったなと思います。

 

 

以下蛇足です。

そういえばTwitterでお辞儀が当時のものでは?というツイが回って、その後に、いやいつものお辞儀では?って意見も見て、そこで思ったんです、洋装時の「いつものお辞儀」が思い出せない…!今年の朗読劇全部行ったけど覚えてない。なお和装の「いつものお辞儀」(役のものではないお辞儀)はNo.9でしているものではないです。

朗読劇を除いて、洋装の直近舞台って何だっけ?と思って近いところから遡ってみたら、刀ステ→髑髏城→煉獄→刀ステ(ここまで全部和モノ)→ダンロン2(やっと洋装)でした。後でBD見て確認してみます。

まあでもどっちでもよくないですか。お辞儀が綺麗なのは間違いないのですし。

*1:北村諒さん

*2:宮﨑秋人さん

感想文 舞台『No.9ー不滅の旋律ー』 11/11、11/17夜、11/24夜、12/1夜

本日(記事UP)は12/3ですが、このブログなんと11/19から書き始めてるんですよ…我ながら遅筆すぎです。

横浜公演も行くけど、そんなに変わらないだろうと思うのでUPします。

www.no9-stage.com

 

再演なので、ストーリーバレとか何も気にしていません。初見がまだの方は気を付けてください。

 

ベートーヴェンの20代終わり~晩年までを、ストーリーテラーとなるマリアを中心とした周囲の人々との交流と、芸術家としての葛藤を描く作品。

って書くとなんかとても硬いあらすじですが、話に入りやすいし分かりやすいです。脚本と演出が良いのだと思います。

生ピアノ演奏もあり、ふんだんにベートーヴェンの楽曲が使われています。私は音楽の教養が浅いのでよく分かっていない部分も多そうですが、クラシック好きだったらもっと楽しめそうです。

 

2台のピアノがあるのもあって、舞台が小上がりのような造りになっています。(ピアノが両脇にあって、そこから一段上がる形、舞台正面にも奥にも段がある)

座席の前方3列潰しているのもあって、かなり奥行きがあるように思いました。

最奥にプロジェクターがあり、背景が映されたり、演出効果としての映像が映ったりしていました。

演奏用ではなく、舞台装置としてのピアノもあり、それが複数台あることで場面に実感が出ていると思います。

ピアノ工房にピアノが一台では、説得力が出ないですよね。ベートーヴェン家にも複数台のピアノ。ベートーヴェン家には他にソファと書き物をする机・椅子があるのですが、それが1幕と2幕で反転していました。

 

衣装がとにかく素敵です。女性のドレスの形も複数通りあり、恐らく年代での流行りの型の変化と人物の年齢を表しています。

1幕のマリアの衣装が特に好きです。小顔ですらっと細い剛力さんにとてもよく似合ってる。

男性の衣装もフォルムが美しくて、コートの形もいろいろだったので、きっと流行りや階級なども参考にしつつ、それぞれに似合う衣装を仕立てて頂いたんだと思います。

当時の衣装についてはもう少し詳しく勉強したいです。

 

鬘はアデランス提供だそうで。流石の自然な仕上がり。特に2幕のルートヴィヒの鬘はすごい。ベートヴェンの肖像画にそっくりになってる。左側の髪が少し貌にかかっている、アレです。

しかも衣装が、あの肖像画のガウンで出てきた日には…!べ、ベートーヴェン…!!!!ってなります。

 

 

では、以下各キャストの感想を。

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン稲垣吾郎さん)

この演目はとにかく主演に拠るところが大きいなと思いました、主役が果す役割が大きいというか…重圧すごそう。

役の感情の起伏がとても激しいし、精神的に追い詰められる場面も多いので疲れるだろうなあと思います。もちろん出ずっぱりなので体力的にも大変だろうと思います。

でも長年第一線で活躍してきた方なので、自己管理きちんとして途中で息切れしたり潰れたりすることはないだろうという信頼感があります。

 

ルートヴィヒが一番可哀想だなと思うところは、みんなが離れていくことではなくて(もちろんそれも淋しいけれど)(兄弟や恋人や、周囲の人々が離れていくのは、自分もちょっとは悪いところがあると自覚していそうなのでまだ救いがある)、自分がカールに対して、かつて父親がしたのと同じように振舞っている自覚がないところです。暴力とは実際に殴るだけではないのだ…

虐待の連鎖ですね。もう2幕冒頭でカール出てきた時点でこれは…という予感がする。しかも本人はカールを育てる=自分を育て直している(カールの為ではなく自己救済である)という自覚がない。既に青年となっているカールがいつまでも子供に見えているところからもそれは伺えると思います。カール可哀想。そして自覚のないルートヴィヒはとても哀れ。なので自覚した途端に自己崩壊寸前になってしまうわけですが。

 

 

マリア・シュテイン(剛力彩芽さん)

びっくりするほど顔が小さい、首が長い、とにかく細い。可愛くて見栄えがして存在感がある。

腰から広がるドレスがとてもお似合いです。好きなのは1幕でエプロンしてるとき。本当に可愛くて…ロングヘアーもお似合いです。美人は何しても似合うな!

初日、ゲネ映像より良いなと思って、その後もどんどん良くなっていくので、若いし舞台2回目だし、伸びしろ大きいんだろうなと思います。きっともっと良くなると思う。

声と滑舌が良いです。

2幕で歳取れたらもっと良かったけど、若いし無理して年取った演技して違和感出るよりはそのままでいいかな、と思います。

 

マリアは芯が強くて自立した女性でした。ナネッテと姉妹なのはとても説得力があります。

愛されるより愛したい人。幸せになりにくいよそれは…

ストーリーテラーであり、観客の代弁者となる役だと思います。だからマリアは徹頭徹尾ルートヴィヒの味方でなくてはならない。結構大変。

 

一番大事な場面で作品の肝といえる重要なセリフが回ってくるのだけど、そこはあとひと皮剥けそうなので横浜公演期待してます。

「わたしたちもまた、鍵であり、弦であり、管なの」(戯曲本買ってないので間違っていたらごめんなさい)っていうところです。

って書いていたら12/2、セリフちょっと変わってた「弦であり、管であり、鍵盤なの」

確かに鍵(ケン)と弦(ゲン)を並べちゃうと音が似ているから「ん?」ってなるし鍵って何?ってなりがちだから、こっちの方が分かりやすくていいと思います。

 

 

ヨハン・ネポムク・メルツェル(片桐仁さん)

片桐さんは観るの2回目かな?前回観たときはちょっと作品が合わなくてその舞台を脳内から消去したので気持ち的には初めて(笑)

今回はコミックリリーフでもあるけど、そういう役を振られるのが多いのでしょうか?前観たときはドシリアスだったような気がするけど、脳内消去したので記憶が定かでない…

いつも思うけれど、シリアスな物語の中でコメディパートを担うのはセンスと技量が要る。元々お笑いの人だから出来て当たり前なのかも知れないけど、それを常に要求されるのも大変そうだなと思いました。コメディパートだとルートヴィヒとド突き合ってるところが一番好き。

 

メルツェルさんは発明家で実業家。調子イイ人。わりとやり手。そして出落ちの人。あの髪形を出落ちと言わずして何というのか(笑)

発明品に脈略がなくて、色んなことに手を出してるあたり、平賀源内ぽいなと思いました。

実業家(商売してお金を稼ぐ)が本業で、発明は趣味なのではないかな。もしくは発明に限らず、発送が豊かで思いついたら何でも試してみたくなるのかも。うーん、でもあの現実的なところ、やはり実業家が本業かな。本人は発明家って言っているけれども。

ヴィクトルの借金を預かってくる場面が好きです。お金儲け好きだし調子イイけど、それだけの人ではないなとはっきり示してくる場面で、メルツェルさん面目躍如。

 

 

ナネッテ・シュタイン・シュトライヒャー(村川絵梨さん)

うわ上手い!!!と思いました。声もセリフ回しも表情もいいです。す、すき…!

上手すぎてなにも付け加えることはないです。本当に上手いと思う。

 

ナネッテさん職人気質でプライド高い。ルートヴィヒに迫られたときのあの反応からして、女性であるというだけでかなり馬鹿にされた経験があるんでしょうね…

でもこの場面、「友達だから2人で旅行に行って、めっちゃ盛り上がったから夜に彼の部屋で喋ってたら何を勘違いしたのか迫られた」ですよね?微妙だなーと思うの、私だけ?

アンドレアスが「ナネッテはピアノしか愛せない」的なことを言いますが、ちゃんと夫も妹も愛しているのが伝わってきます。ただピアノへの愛の方が深いだけ。あと全体的に少し言葉が足りない人だと思います。

「だいじょうぶっ!」の言い方がとても好きです。ナネッテがどういう人かあれだけで分かる。

 

12/2観劇時に随分セリフ巻いてきていて、あっこの人コントローラーなんだ、納得だわ、と思いました。そこそこの量のセリフがある役でないと調整役は難しい。見たところこの舞台では村川さんと羽場さんかな…?

 

 

ニコラウス………は別記事にします。(まだ1行も書いてません)

↓12/10書きました!

https://oshigotoid.hatenadiary.jp/entry/2018/12/10/225146

 

 

ヨハン・アンドレアス・シュトライヒャー(岡田義徳さん)

パンフで「アンドレアスはオアシスのような存在」と御本人が仰っておられますが、本当にアンドレアスはオアシスです。すごくほっとする。

発声がよくて、声のトーンは高めで癖があると思うのですが、とても柔らかく耳に届く。

パンフレットを読んで、ちゃんとネームバリューがあって演技もできる人でも引退考えたりするという事実に衝撃を受けました。岡田さんのアンドレアス好きなので、続けてくださって良かった。

 

「ピアノを愛する彼女を愛せるか」素敵なセリフです。アンドレアスはマリアにとって父親代わりだから、助言を素直に聞きます。

マリアがベートーヴェンを愛するようにアンドレアスはナネッテを愛していると思う。でもナネッテはすごい才能はあるけれどベートーヴェンと違ってまともに社会生活を送れる人なので、多少の波風はありつつ幸せに暮らしていけるのでした。芸術家と職人の違いなのかな?でも芸術家が全員性格破綻してるわけでは無いですよね…

というか、アンドレアスとナネッテの組合せは静と動だけど、マリアとベートーヴェンは動と動だから、穏やかな暮らしとか無理なんじゃないかと思いました。

 

 

フリッツ・ザイデル(深水元基さん)

背が高くて顔が小さくて脚が長い。2幕の足元まであるロングコート姿がとても格好いいです。モデルのお仕事もしていらっしゃるのですよね。納得のスタイル。

 

フリッツさん、私の中ではよく分からない人です。

変貌の理由もちゃんと語られているのに、何故か腑に落ちなくて困ってます。たぶんベートーヴェンの音楽の力を見せつけられたから、という理由だけであそこまで変わってしまうことに納得が行かない上に、それ以外の理由が全く見えないからだと思います。時代に流されるにしても、1幕のフリッツを鑑みるともっと弛い方向に流されそうなのに。

1幕のフリッツさんが好きだから、というのもあるかもしれません。しょうもなかったけど、憎めない人だったのに…

 

 

カスパール・アント・カール・ベートーヴェン(橋本淳さん)

立ち姿がとにかく綺麗。スタイルが良いのも勿論あるんだけど、客席に近い方の脚の爪先が常に客席に向いてるんですよ。あれで綺麗に見えている気がする。そして脚が長い…!

もちろん演技も良いです、何でもそつなく熟せる人なんですね。

過去3回も拡樹さんと共演されてるの全く認識していませんでした。ROMEOも白虎隊も恋パンもDVDを5年以上前に1回しか見ていないもので…作品の内容すら覚えてないので…申し訳ない…

 

ルートヴィヒを兄としても音楽家としても敬愛しているけれど、距離が近すぎてダメなところ見えすぎて辛くなってる。偏屈だしプライド高いし、やたら細かいくせに妙に騙されやすいし。僕らのことを考えてくれてるのは分かるけど、束縛キツイし。はーしんど…っていうカスパールさん。(もっと上品です) 

東京公演中盤からニコラウスとセリフ無いところでわちゃわちゃしだして、仲良し兄弟ですっごいかわいい。あれがあることで2幕でニコラウスがヨハンナの味方するのに説得力が増すように思います。 

 

 

ヨハンナ(広澤草さん)

カスパールの妻、カールの母。ルートヴィヒにはベートーヴェン家の嫁に相応しくないと毛嫌いされてる。でもルートヴィヒが満足する嫁って実際にいるのかな?あの束縛ぶりでは、どんな女性でも文句つけそう。

カールの親権をルートヴィヒに奪われてしまうの本当に可哀想。ベートーヴェンの方がお金持ってるだろうし、知識階級の知り合いも多いだろうけど(だからこそカスパールはルートヴィヒに後見を頼んだのだし)、そういう問題じゃない。人はパンのみにて生きるに非ず。

金子みすゞを思い出してしまいました。自分に瑕疵がなくても相手の家が強いと親権奪われてしまうんだよね…

 

多分、1幕でコーヒー豆61粒使ってクビになるメイドも広澤さんだと思うのですが…声変えてましたね。

メイドさんも好きです。タダ働きとか、可哀想すぎって思いました。

 

 

カール・ヴァン・ベートーヴェン(小川ゲンさん)

初見時、本役での出番があまりにも少なかったので驚愕しました。そして次から本役でないところに出てくる小川さんを探すようになってしまった…(笑)

カフェの給仕さんと、フランス兵と、民衆(通行人とかベートーヴェンに群がる人)は3ヵ所くらい?で発見しました。

セリフがあるアンサンブル的な役は殆ど小川さんと野坂さんで担っていらっしゃるのですね。

 

カールは、正直子役さんの方が出ている時間が長いように思えるほど少ししか出てこないので…

「自分を取り戻すためには死ぬしかない」とまで追い詰められた青年を、あの短時間で表現するのは大変そう。しかもすぐ赦しの場面になってしまうし。死ぬほどイヤだったのに、それでいいのか?って観客に思わせないようにしなければならないので、出番短いけど濃度は濃いなと思います。

 

 

少年カール/少年ルートヴィヒ(山崎雄大さん)

やたら殴られて倒れこむモーションが多くて大変そう。

本当に少年の時と、成長しているんだけれどルートヴィヒには少年に見えている時との差がきちんと出ていて良かったです。

 

少年カールとルートヴィヒが同じ容姿をしていることは、ルートヴィヒがカール=自分と見ている傍証ではないかなと思います。カール=自分だからカールに音楽的才能が絶対にあると信じているし、自分なのに言う事聞かないから余計イライラするんでしょうし、成長して自分と別個の自我が成立していることも認められないんだろうと思いました。

 

 

兵士他(野坂弘さん)

お顔が特徴的なのですぐ見分けついちゃう。フランス兵とパン屋と郵便屋と民衆とカールを逮捕にきたフリッツの部下。もっとあったらごめんなさい。

お着換え何回ですか?舞台裏が忙しそう。

すみません、正直に言いますとあんまり見てません。でも役割的には目立ったらダメだと思うので…上手いってことだと思います。

 

 

ヨゼフィーネ・フォン・ブルンスヴィク(奥貫薫さん)

貴族階級の女性らしい品のある美しさ。ドレスも市民階級と違って豪奢で見てるだけでも楽しいです。

ちょっとセリフ回しが古風な感じがするのですが、そこが階級差を表すのに一役かっていると思います。この舞台では、貴族は旧体制の象徴とも言えるので。

 

演じ方によってはただ嫌な女になってしまうと思いますが、そこに大きく時代が変化する時を生きた女性としての葛藤や生き様が見えるのがすごく良いと感じました。

マリアがヨゼフィーネにルートヴィヒから預かった金を渡す場面で、ルートヴィヒに会いたかったんだな、と分かったし、結婚することはなかったけれどルートヴィヒを愛していて、ある面ではマリアよりも理解してる。

だからベートーヴェンを選ばなかったのは実はかなりの葛藤の末だったのでは、と思いました。でも選択を絶対に後悔しないという強い決意も感じました。この作品に出てくる女性は皆気高いな。

 

 

ヨハン・ヴァン・ベートーヴェン/ステファン・ラヴィック(羽場裕一さん)

舞台を観るようになって10年も経ってないし、見ている舞台の8割は推しの出演作かその周辺なので、今回観劇するまで元々は舞台俳優である羽場さんのイメージは2時間サスペンスによくいる人でした。なんてこった。

当たり前ですけど、すごく上手い。思ってたよりナチュラル系の演技でした。でも求められたら外連味たっぷりのも出来るんだろうな。そっちも見てみたいです。

 

2役で、舞台上でラヴィック医師→父親(幻影)に変貌するところが一番の見どころだと思います。顔つきも纏う空気も変わるので。声のトーンは少し下がるけどあまり変わっていない気がします、喋り方が変わる。

 

 

ヴィクトル・ヴァン・ハスラー長谷川初範さん)

所属事務所のプロフ写真がとても格好良かったです。生で拝見しても勿論かっこいい。そして身長そんなに高くないのに大きく見える不思議…

初日75、17日24日80、1日120みたいなテンションだったように思いますが、1日は座席が前の方だったからかも(他の回は大体同じような列でした)

でも遊びの部分は絶対に増えてました。座組が熟れてきたのかな。コメディパートの人なので遊び入れやすいとは思います。メルツェルばっかりだと単調になってしまうから、ヴィクトルのコメディパート必要です。

顔が良いのにコメディパートできるとか無敵だと思います。

 

ヴィクトルは詐欺師と言われてますけど、夢追い人ですよね。こういう人いっぱいいますよ、お金借りる時も嘘言ってる訳でも巻き上げようとしている訳でもないんです。儲かったらちゃんと返すつもりでいる。ただ儲かることがないだけで。

詐欺は最初から騙すつもりでやることですから。ヴィクトルは詐欺師じゃないです。

現実的なラインより随分甘い予想を立てるあたり、顔は広いけど仕事ができない営業みたいです。仕事の出来じゃなくて、付き合いで「でもアイツいい奴だからさ」って仕事貰うタイプ。

2幕でフリッツに殴る蹴るされる。最年少と最年長が身体を張る舞台なんですね。

 

 

感想を書いていて思ったのですが、ベートーヴェンは愛が増えることが分からなかったのかな、と思いました。

ひとりの人間が持っている愛情は定量で、周囲の人間が他へ興味を移す=自分への愛情が薄れたと思ってしまうのかも。愛情がゼロサムだと思っているなら家族に対する束縛も、愛した人には尽くしてしまうのもまあ分かるかも。

本当はプラスサムだと気付けたのが最後のシーンってことだと思います。

 

役名フルで書いたら皆長い長い。全員ヨハンナ並みの短さにして欲しい、せめてフリッツ・ザイデル程度でお願いしたい。

【感想文】光より前に~夜明けの走者たち~ 11/23夜

題材に惹かれて。マラソン観るのすきです。駅伝の方が好きだけど。でもテレビ観戦オンリーです。

hikari.westage.jp

 

初っ端からネタバレ?しますが、円谷選手が自殺されたのは知っていました。

けど、怪我とプレッシャーがあって、程度の認識でしたので、この劇で詳細を知って本当に可哀想だと思いました。可哀想という薄っぺらい言葉では伝わらない気がします。時代もあると思いますが、本当に国に殺されたような形で…

そんな話なので大変重い…!けれどとてもよい演劇でした。

 

まず演者が5人というミニマム編成で、紀伊國屋ホールで舞台装置としてパネル5枚(かな?)使う舞台としてはよい人数なのかなと思います。

(アンサンブルさんがいないということは、パネルはスタッフさんが動かしているのだろうか…?)

皆さん上手い役者さんですしね!ミニマム編成で下手なひと混じると逃げ場無くて目も当てられないことになるので。

 

青学の原監督が監修されたのは存じてたのですが、ええと、どのあたりを…?

『舞台「野球」飛行機雲のホームラン』では桑田さんはピッチングを伝授していらしたので、やっぱりフォームとかなんでしょうか。ちなみにフォームについてはよくわかりませんでした。両選手の走っている映像をじっくり見たこともないので、似てるかも分かりません。

そもそも舞台上を走るわけにいかないので、足運びはどうしても不自然に見えてしまいますね。上体は綺麗でした。

 

この作品で、自衛隊体育学校東京オリンピックの選手育成のために作られたと知りました。勉強になります。

 

最近パネルを使って場面転換するの良く見ます。スムーズだし暗転挟まないので集中切れなくていいです。

この舞台のパネルはプロジェクションマッピングの投影板としても使われいて、演者5人でも空間が寂しくなることはありませんでした。

逆に真っ白にして心象風景に使ってプレッシャーに押しつぶされそうな感じを出したりもしていて、すごく良かったと思います。

パネルの角度もうまく使っていて、道の表現も一辺倒ではなかったし、パネル大活躍でした。

 

円谷・君原両選手の対比と絆を描いている作品で、対となる場面はいろいろあるのだけど、印象に残ったのは「マラソンは一人で走るもの」というセリフ。冒頭、東京オリンピックの時は君原が言っていたその言葉を、畠野コーチと決別する場面で円谷が言う。でも本当は一人で走れないことは円谷自身も分かっていて。

自死後の二人の対峙の場面はぐっときました。なぜ走るのか。答えは明示されないけれど。とてもいいシーンでした。

マチネのトークゲストに君原選手ご本人いらしていたのですね。感想お聞きしたかったな。

 

 

以下、キャスト方の感想。5人だから全員書けるぞ!(笑)

HPのキャスト表順です。

 

円谷幸吉役 宮﨑秋人さん

ピカレスクセブン以来。久しぶりのような気がしていたけど、そんなでもなかった。上手い役者さんだと思っているので、観られるの嬉しいです。

雨の中の慟哭のシーン、宝田記者とのレストランのシーン、術後~自死~君原との対話のシーンと精神的にキツそうな場面がたくさん!

きっと精神的にすごく疲れると思います。

勿論走っている場面もあるし体力的にも大変だろうけど、なんというか、ペダステに比べたらあれくらいなら大丈夫でしょ?と思ってしまう…前傾にならないし…

秋人くんが走っていると、前傾姿勢でもないのにどうしてもペダステを思い出してしまう(よくない)途中で向き変えたりするし…ぺ、ペダステ…!(違う)

 

無邪気で素直でかわいい幸吉くんが、どんどん追い詰められていくのを見るのは辛い…自死に至るまでの感情の揺れなど、説得力があったと思います。

幸吉くん末っ子感強かったー。座組で最年少だし、周囲のキャストさんに助けられているんだろうな、とは思うけれど、やっぱりいい役者さんだな。

ところで私は秋人くんの脚がすごく好きです(フェチ発動)膝が締まってて脛が長い。

 

 

君原健二役 木村了さん

髑髏城下弦の月以来。相変わらず芝居がしっかりしていて安定感抜群です。

かなり早口で長文のセリフがあったりするのだけれど、もうとにかく滑舌いいし聞き取りやすい声だし。

プライド高くて理屈っぽくて天邪鬼。実際の君原選手がこうだという訳ではなくて、円谷選手との対比で役作りされたのかなあと思いました。どうなんでしょうね?

でもとても魅力的な人物でした。大体結婚してから成績が上がるとか、女性受けしますよね(これは君原選手の実際の成績がそうなのですが)

好きな場面は宝田記者が訪ねてくる前、風鈴を鳴らしているところ(姿が良い)と、高橋コーチの説得を受け入れて復帰するところ。ツンデレ

 

 

宝田修治役 中村まことさん

こちらも髑髏城下弦の月以来。宝田は陸上専門誌の記者でこの舞台のストーリーテラー

冒頭でマラソンの起源を説明するところがあるのですが、途中で芝居が入るので続きが始まった時、一瞬「なんの話?」と思ってしまいました。ちょっと集中力を欠いていたかな(私が)。

陸上競技に詳しく、コーチより遠いけれど個人的にやりとりできる程度には近い、絶妙な距離で円谷・君原に助言を与える存在。

緩急の付け方も巧いし、宝田記者本人がどういう人間なのかよくわかるし、ベテランの演技だと思いました。その役の人生が見えるんですよね、こういう演技好きです。

宝田記者は多分団地住まいで奥さんはパートに出てて、子供は高校生の男の子2人だと思います。きっと晩酌は缶ビール1本と奥さんに決められている。実は長距離は専門じゃなくて入社してから勉強したとかだと尚良いです。

 

 

高橋進役 高橋光臣さん

君原選手のコーチ。感想は、とにかくこの役はずるい。ずる過ぎる。かわいい。

シリアスな芝居の中でコミカル部分を一手に引き受けてる。キャスト5人しかいないのでコミカル担当は1人で十分ですね、おいしいです。

コミカルをやるのも本人の資質と技量が要るので、誰にでもできるわけではないのですが。それにしてもおいしい…

高橋コーチ、ヘタレな人なんですよ。君原と口論しても負けちゃうし、我侭も「ああいう選手だから」と許しちゃう。でも実は粘り腰だし政治力もあって、君原の実力を買っていて、メキシコオリンピックに導いていく。ずるいわー。好きになるしかないでしょこんなの。

 

 

畠野洋夫役 和田正人さん

東京オリンピック時点での円谷選手のコーチ。熱血で円谷選手の特性をよくわかっていて、上層部から円谷選手を庇おうとするけれど、それが原因で北海道に左遷されてしまう。

円谷選手と同じく、一生懸命もがいて、生きているのに、大きな力に振り回されてままならない人です。強く生きて行って欲しい。(実在の人物でもう亡くなられてるけど)

 

和田さんは箱根駅伝ランナー出身の俳優さんとして有名ですし、だからこその配役だと思います。きっと助言もたくさんしているんだろうと思います。

円谷と畠野はスキンシップが多くて、親しい家族のようです。稽古場でも後輩を可愛がりまくってくれたに違いないと思っています。ほっぺたうにうにするの、やられてる幸吉もかわいいけど、やってる畠野も結構かわいいと思います(笑)

 

 

テーマは重いし、シリアスな芝居だけど、話の運びは緩急がついていて見やすかったです。途中で中だるみすることもなく。テーマもしっかりしていて、それでいて観客それぞれに考えさせられる部分もあり。

よい演劇でした。

 

 

 

 

 

メタルマクベスdisk2 10/6夜

鋼鉄城行ってきました。

www.tbs.co.jp

 

disk1も観に行きました!記事上げてないですけど。ちょっとバタバタしてて時間なかったんです(言い訳)

 

disk1はメタルマクベスの始まりだったから、手堅くというか、メタルマクベスの王道でしたよね?多分。髑髏城でいうところのseason花。

大御所だらけで歌も演技も巧い人だらけ!メタマクデビューだし後方で全体を観たいと思って、最後方ブロックで観劇しましたが、後方まで届く役者の皆様のテクニック&パワーに心地よく殴られて終わりました。楽しかったです。

 

で、元々disk2が一番興味あったんです。『メタル』に毛色が違うの混ぜてみよう!感が面白そうだと思って。キャストもdisk1とdisk3共通でdisk2だけ違ってる役がいくつかあったりしていて、そこも観てみたかったポイントでした。

disk1を観劇済みだったので、ストーリーを噛み砕くのに頭を使わなくて済んだからか、なんだかすごくスルーっと物語が入ってきたように思います。

 

 以下、印象に残ったところを。

 

・徳永くん

面白かったー!(笑) 私が駅員さんネタ系が割と好きというのもあると思います。あと演歌の活舌のよさというか、歌詞をきっちり発音して聞かせてくるので文章として把握しやすいなと思いました。ただ、メタルとは??という気持ちにはなります。

 

レスポールJr

見た目が無理なく10代後半~20歳そこそこに見えるので、おバカキャラでも無理なく受け入れられました。若いからこそ許される頭の弱さ……というかバカに振り切れすぎてもいけない役なので、微調整難しそう。

最近の若いひとは器用で上手いひと多いですね。中の人何歳か知らないけども。たぶん若いですよね?

 

・ランダムスター(マクベス

歌は、普通に聴けましたので十分だと思います。ミュージカル俳優と比べたらダメでしょう。歌い方が素直なので聞き取りやすいですし。

なんかいっぱい見得切ってくれました。

disk2のランダムスターさんは根本が陽性かつあんまり深いこと考えてないランダムスターさん。この人、夫人がいなかったら魔女の予言聞いても「いつか王になれるのかあ!楽しみだなー」位にしか思わないで棚ぼた待って普通に年取っていきそうです。

 

・ランダムスター夫人

私のお気に入り。disk1でもお気に入り。キャラ付け全然違ってたけど。私、悪女が好きなのかな…?

disk1の夫人は自分の野望に自覚的で、悪いこともできるという自負があったけれど、自分でも予測できなかった罪悪感に押しつぶされていった小悪党といった感で、色っぽい大人の女性でした。

disk2の夫人は少女の残虐性というか、短絡的で自分の行いの結果が何をもたらすのか分かっていない又は実感が伴わない、他者への想像力が欠如しているが故に純粋な欲求に従ってしまう幼さを感じました。大原さんの容姿も多分に影響していると思います。

なので2部の豹変ぶりが最初それまでの夫人と上手く繋がらなくて違和感があったのですが(「少女の純粋な欲求」には自分の行いに罪悪感を感じるだろうという隙がなかった)、ランダムスターの変容に引きずられたのではないかと思ったらしっくりきました。

夫人の世界には、夫であるランダムスターしかいない。だから夫が不安定になったら、夫人も不安定になってしまうではないかなあと思いました。

disk2のランダムスターは特に残虐でもない普通の大人の男なので、罪悪感も猜疑心も普通に抱いて、それまでの陽性気質は見る影もなくなってしまっているし。夫人は自覚していないけど、ランダムスターは夫人の太陽だったんだよ…

 

disk1はランダムスターと夫人は手を取り合って堕ちていく、という形だったと思います。器量以上のものを求めて失敗してしまう二人。

disk2は王を殺すまでは夫人が主導していたけれど、以降は王を殺したことによって人が変わってしまったランダムスターに引きずられて気がふれてしまった夫人、という気がします。

こんな感じでdisk2を観てから、disk1の理解(?)も深まったように思います。違う部分が強調されて感じるというか、個性として浮かび上がってくる感じがします。関係性自体が変化するのは、チーム制の醍醐味のように思えます。

そんなにダブルキャストの公演バンバン観たりしないので、ダブルキャストでも関係性すごく変わってる、とかだったらごめんなさい。

 

ところで夫人がおかしくなっていくにつれてキツネのぬいぐるみが汚れていくの、象徴的ですね。すごく哀れに感じる。ぬいぐるみが夫人の少女性を補強しているとも思います。

 

メタルマクベス観ると、とてもロマンチックだなあと思えてしまうのですが、元々のマクベスもこんなにロマンチックさを感じるのでしょうか。いままで因果応報譚および復讐譚だと思っていたので、一度シェイクスピアマクベスも観てみたいなと思います。いつか機会が巡ってくるといいな。

虚無舞台

こちらの記事、大変興味深かったです。

wagamama-otaku.hatenablog.com

 

面白かったので、勝手にエントリーされた作品について所見書きたい!と思いましたので記事書きます。観てない作品はスルーします。3/4は観てないのでコメントできるものの方が少ないっていう…

いつにも増して個人の感想です!よ!!!

 

26位 舞台「文豪ストレイドッグス」(10票)
25位「昆虫戦士コンチュウジャー」シリーズ(12票)

観てません!のでノーコメント。

 

24位「薄桜鬼SSL」THE STAGE(13票)

これも観てないのですが、まあテレビドラマからちょっとアレでしたよ…映画もやってませんでした?ドラマと映画は見ました、ドラマはえっと…うん…。映画は玉城さんがいなかったらかなり悲惨だったなーと。救いの神でしたね…

 

23位 舞台「マルガリータ〜戦国の天使たち〜」(15票)

そうね虚無だね!でも拡樹さんそんなに叫んでましたっけ?ミゲルと玉が叫びまくってたのは覚えてるけど…そもそもそこまで出番なかった記憶があるんですけど…

円盤持ってるけど本編見返す気力はありません。マルガリータの円盤は特典を楽しむためにあるのです。

叫びまくってたのは多分演出家が、感情が高ぶる=叫ぶ、という形式が好きだったのかなー?と。叫びまくってたので煩かったのは記憶にある。女性キャストは特に声が高いので辛い。

脚本がまず酷かったし(原作の重要場面削ってた)、演出も途中謎にコンテンポラリーダンスが入っててクエスチョンマーク飛びまくり。

 

ブログ主さんが剣豪将軍が次点だったと…私は虚無感は後編の方がありました。ラストシーンがひどい。でも虚無舞台って程つまらなかったとは思わないかな。

前編は、植田さんとガキさまの出番が少なすぎてびっくりした覚えがあります。

 

 

19位 ミュージカル「陰陽師」(17票)
おそ松さん on STAGE」
舞台「ちるらん 新撰組鎮魂歌
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」シリーズ

全部観てない!観てないけど、ちるらんの騒動は当時話題になっていたので知っています。まあ岡村さんだしね…虚無でしょうし騒動おこすのも納得というか…

 

ブログ主さんが「AZUMI」(9票)推してるのですが、はい、虚無でした!(笑)

毎回早く友貴くん出てこないかなぁ~って思ってました。友貴くんは良かった。川栄さんが演技上手かったのが本当に救いです。

仕方ないね、岡村さんだからね…騒動起こらなかっただけマシだね…

ヒロミさんの息子さんが原作に無いオリジナルの大変美味しい役だったので、コネって大事なんだなって思いました。

 

 

18位 舞台「夢王国と眠れる100人の王子様」(20票)
17位 舞台「黒薔薇アリス」(25票)
15位「クレスト☆シザーズ」(28票)
舞台「GANTZ:L」

観てません。ガンツは高橋さん推しの友達が観に行ってた。ニノの映画よりマシって言ってたよ映画どれだけなの…?

 

 

12位 舞台「ロードス島戦記」(30票)
「若様組まいる」シリーズ
あんさんぶるスターズ on stage

ロードス島あんステは観てません。ロードス島のコメントが熱い…どれだけの虚無を撒き散らしのでしょう?

 

若様組は、第一弾の評判が良くないのかな?そっちは観てないので分かりません。第二弾「アイスクリン強し」は、手放しでオススメ!とは言えないし原作ファンとしてはうーん?って感じですが虚無というほどではないかなと思います。

 


11位 BRAVE10シリーズ
10位 ミュージカル テニスの王子様 3rdシーズン (内3/4は VS全国氷帝戦)

観てないので分かりません。今回の全氷への票が多くて逆に気になる。

 


9位 舞台 私のホストちゃんシリーズ

全てがネタで進む舞台。お祭りってどこかの感想で見かけたけど、そういうスタンスなら確かに楽しめるかも(但し推しが出演者でない場合)

即興口説きで合格点出せるの染谷さんだけだと思います。顔が良い男は口説かなくても寄ってくるもんね経験値が足りないよね仕方ない!

定価で観る気はしないかな…虚無というよりは私の好みではないからです。

 

元ブログより引用します。

とても余談ですが、過去に鈴木おさむと仕事ができる」と事務所に騙されてホストちゃんに出演した俳優が実在しています。

………オタクの多くは鈴木おさむとは仕事して欲しくないって思ってると思いますよ…

ホストちゃんに加えて、フリマイベントが「ファン=ちょろい財布と思ってる」感を強くしたように思います。

あとこの人の作る作品はちょっとミソジニー感があることが多くて…私が目にするのが偶々そういうものなのかもですが。

 


8位 ミュージカル 刀剣乱舞シリーズ

1回しか観てないので何とも…1部の舞台部分についてですよね?1回の観劇時にコンディションが悪かったのもあって、脚本のちょっとした齟齬に引っかかってしまって物語に入り込めませんでした。なので分かりません。観劇したのは三百年です。

 


7位 舞台 アンフェアな月

観てないけど和田さんの出番が酷く少なかったのは聞き及んでおります。染谷さんも多くなかったのか…

 


6位 里見八犬伝(初演〜再再演)

ブログ主さんへ。制作脚本演出すべて初演から再再演まで一緒です。

全く評価していないのに何故か3作全部観てる。虚無具合は初演が一番ひどかったです。段々良くなってましたよ!原作のことは考えてはいけない。

虚無具合は初演>再演>再再演

マナーの悪さは再再演>再演>初演

 


5位 舞台 刀剣乱舞シリーズ

悲伝の評判が悪いのは、あの結末に納得いかない人が多いからでしょうね。

でも嫌いだから虚無舞台!っていうのはどうかなあ…まあ虚無舞台の定義がはっきりしてないのであれですけども。

義伝と悲伝が嫌!って人はキャラの色違いが嫌なのかなーと邪推してしまいます。ジョ伝(と小田原)以外嫌い、なら単純に話の面白さかなって思います。

 


4位 舞台「ひらがな男子」

観に行った友達曰く「バカルディが「2.5ってこんな感じでしょ?」って作ったんだろうなって思った」とのこと。刀ステと丸被りしてたので観てません。

出番の多寡は多少は仕方ないかもだけど、大差は良くない。極端に少ないキャストを作らない、集客力と出番の多寡はおおよそ比例するように作ると余計な怨嗟を生まずに済むと思います。

 


3位 「八王子ゾンビーズ

観てません。が、LDH×ネルケって鬼門なのでは?と思いました。

でも演出が岡村さんと鈴木さんなので演出家の問題が大きいのかな…

 


2位 舞台「戦刻ナイトブラッド

荒牧さんのオタクは頑張っていたのでは?キャストのオタク以外を劇場に向かわせる力がなさすぎるだけだと思います!だって面白くなさそう…って思いましたもん…

観てませんが、期間中のツイやブログが一周回って面白かったのでちょっと観てみたかったです。

 


1位 「幽劇」

キャスト発表で観に行きたいなと思ったけど、制作アール・ユー・ピー?じゃあ岡村さんじゃん!となり、観る気をすっかりなくしました(つまり観てない)

期間中は関係者の観劇マナーの悪さの方が賑わってた気がします。

 

 

私は好き嫌いと虚無は別物だと思ってるので(虚無舞台は嫌いですが、好みでない舞台が全て虚無な訳ではないと思うので)そこまでではなくない?という舞台が多かったかな。

刀ステとか刀ミュとか、あとハイキューあんステ辺りもそうですけど、それを虚無舞台とするなら世の中殆ど虚無舞台だよ…

ランキング内で虚無なの同意!なのは八犬伝(初演)とマルガリータかな。

個人的に一番虚無舞台だったのは『曇天に笑う』です。異論は認める。個人の感想だから。

人にはそれぞれの虚無があるのです…たぶん…

感想文 恋を読む「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」

朗読劇 ぼく明日

www.tohostage.com

 

鈴木×山崎回のみ、全3回


原作は約3ヶ月前に読みました。なので、ストーリーは入っているけれど細かいところまでは覚えていません。
劇中のセリフを引用していますが、細かい部分は覚え間違いしていると思います。
全て個人の感想です。
毎度読みにくい文章で申し訳ありません。

 

原作を読んだ際に、これは映像向きの作品ではないかなあと思いました。
でも観劇してみたら全然そんなことなかった。演劇での表現が難しそうなところは原作からピックアップしないようにしたのかなと思いました。その辺り上手いなと思います。

ただ、私の周りで原作も映画もノータッチ、この朗読劇で初めて「ぼく明日」の世界に触れたという人の中には、「二人の時間が逆行している」という設定の理論的説明がないことに引っかかって入り込めなかったという人も多かったです。ここどうなってるの?という疑問が出てきてストーリーに集中できない、という状態になってしまう。それだと確かに感動しにくいですよね…情動より理性が働いているので。

原作小説もその辺りの説明不足感はあったように思いますが、朗読劇では時間的な問題か説明が多くなりすぎるからか、かなり省かれていて(0時リセットの話とか)疑問が多くなっていたかも知れません。私は原作既読だったのであまり気になりませんでした。

説明しすぎてもストーリーの流れの邪魔になってしまうし、説明多いと頭に入らないって人もいるし、塩梅が難しい部分なのかな、と思います。


舞台装置が良かったと思います。\ /←斜度はもっと緩やかだけど、こういう感じ(斜度3度くらい?一番低いところにも一番高いところにも座れる、2つの間は人ひとり通れる位)
…絵心が欲しい(笑)

 

アニメーションはあまり効果的ではなかったかな。
もっと「朗読」が主で演者さんが殆ど動かない朗読劇であれば、補助として効果的な使い方が出来たと思うけれど、今回はキャストに動きのある「劇」の方の割合が高かったので、観客の視線を散らさないよう最小限だったのかな、と思いました。

キャストに動きのある演出が多かったのは、地の文を担当する分、読む量が多い男性キャストに舞台経験の多い俳優が多かったからでしょうか。

好きな演出は、デートで場所が変わったことを、キャスト二人が同時に一歩進むことで表現したところです。

 

今回の場合、アニメーションが観客の理解の補助となりそうなのは愛美が二人の進む時間の方向が逆だと説明しているときに背景になっているところ。
他は無くても特に問題なさそうな気がします。
でもこう思うのは原作を読んでストーリーやトリックが分かっているからかもしれません。


OPとEDを揃えているのは「端と端で繋いで輪になっている」からかと思いました。
ずっと高寿目線で物語が進んでいって、高寿の最後の日=愛美の最初の日で折り返して最後の数分だけ愛美目線になり、愛美にとっての初日から最後の日までを、それまで見てきた高寿目線の物語を巻き戻すように進んで、愛美の最後の日=高寿の最初の日で終わる。

「また明日」の約束は、相手の未来への言祝ぎであり、二人の未来を別つ呪いでもある。この言葉で終幕するのは『ぼく明日』の世界をよく表しているなあと思います。

 

山崎さんは初めましてでした。
映画もテレビも殆ど見ないのです、申し訳ない。
背が高くて顔が小さくて脚が長かったです。

 

始まってすぐ、出会った日にもう時間だから、と別れるときに「悲しいことがあってね」とぽろぽろと涙を零していて、私はそれを見て「じょ、女優だ~~~!」と思いました。

他のキャストさんも開始直後から涙出してるのかな、役者さんは本当にすごいなぁ。

 

ご本人の顔立ちはキリッとした美人系だけど、愛美の役作りが茶目っ気のある感じだったので可愛いが前面に出ていて、美人と可愛いが上手くミックスされていて良かったです。

芯が強くて一生懸命頑張ってるけど、やっぱり辛くて泣いてしまったり、そういう揺れの表現が上手かったなと思います。

 

楽カテコで拡樹さんにエスコート返ししてくれてありがとう!面白かったです。
初日カテコで拡樹さんが差し出した手に、一瞬だけ、え?、ってなったのも可愛かった(ちゃんとエスコートされてくれてありがとうございます)
あと靴底めっちゃ薄くてぺたんこのサンダル履いてきてくれてありがとう(笑)

 

 

以下、鈴木拡樹さんの話です。


GWにやった『私の頭の中の消しゴム』は明確に役のキャラクターを変えていたけれど、今回は役との馴染み方が回を追うごとに深化していったように感じました。
消しゴムはアプローチを変える、ぼく明日は同じアプローチで精度を高める、といった違いがあったように思います。

 

今回は地の文とセリフを明確に分け、地の文はナレーションのような読み方、セリフはセリフ、というような朗読でした。
で、慣れていないからだと思うのですが、まあナレーション部分で噛むわ噛むわ。
ただ、初回は本当に噛み倒してたのが3回目は殆ど淀みなく朗読できていたのは流石だと思いました。(でもできれば初回からお願いしたいです)

 

一目ぼれで恋に落ちるところが印象的、とご本人はインタビューでもパンフレットでも言っておられましたが、そこはまあ、普通、かなと思います。もちろん下手ではないですし、きちんと伝わるのですが、他の場面と比べて特別良かったかというと、そうではなかったかなと。私には他の場面の方が強く印象に残りました。

ただ、観劇に限らず、あるコンテンツの感想というのは個人的な経験に左右されるものなので、これは私が拡樹さんは恋愛ものは得意じゃないと思っていること、また私自身に一目ぼれの経験がないことが影響していると思います。きっとこの場面でふわぁああああ!ってなる人もいる。

 

私がいいなと思った場面は、恋人になってすぐ、愛美が「私〇〇だよ?」って自分のマイナスポイント挙げて、それでもいい?って聞かれて、何度でも「いいよ」って返すところです。いいよ、の言い方が少しずつ違って、だんだん包容力が増していくんです。

ここ場面は山崎さんの演技もよくて、 恋に落ちたばかりの初々しさと、幸せ~って雰囲気がほんわか漂っていて見ている方もニコニコしてしまいました。

 

引越しの場面、初めて買ったCDは日替わりネタ(ネタ的に拡樹さん考案)でした。チョイスが渋くて、一体いつの設定なんだ?と思いました。3回目以外はきっと1990年代なんだと思います(そんなわけない)

一気読みした漫画ガラスの仮面だしね…携帯持ってなくてもそんなに不自然じゃないしね…

金曜15時半回→聖飢魔Ⅱ、初めて描いた漫画に蝋人形が出てくる
土曜15時半回→与作、エクスカリバー的な斧が出てくる
土曜19時半回→鳥越裕貴ファーストCD、挑戦する姿勢に感動して漫画描いた

19時半回は会場笑いの渦でしたね!声加工しすぎ、とか言ってたし、鳥ちゃんに対して容赦ない拡樹さん(割といつもそう)

 

引越し終わってからはネタばらしというか、愛美の秘密が明かされる場面になり、高寿の葛藤が描かれるのですが、この辺りはやっぱり巧かったです。表情筋の使い方に癖が出なくなったなと思いました。

愛美と仲直りしてからは、恋より愛を強く感じました。時間の流れる方向が違うこと、共にはいられないこと、そのことも一緒に愛美の存在をすべて受け入れているような。 

 

ラストシーン、上手端と下手端で高寿と愛美が「また明日」と言い合うところ、場面的には高寿は初日なので笑っていて、3回目までの「また明日」は、愛美の様子に対する少しの戸惑いと明日また愛美に会える喜びで本当に嬉しそうなのに、4回目で一転して最後の日の「また明日」になるのが凄かった。

破顔に近いような笑顔から一転して涙を流したのも驚嘆しましたが、最初の日の恋に落ちたばかりのうきうきした少年の顔から、愛美との運命を受け入れると決めたことで精神的に少し大人になった最後の日の高寿の顔に変わっていました。

多分ですけど、高寿目線での最初の日の「また明日」が3回だったから3回目までは初日の高寿なのかな、と思いました。
(初日の「また明日」の回数は記憶違いの可能性あります)

4回目は辛くて悲しいのを押さえ込んでいる、5回目は愛しい、という顔だと思いました。

 

実はこの最後の場面の拡樹さんの表情をきちんと見られたのは3回目のみだったので、もしかすると1回目2回目はまた違う印象だったかもしれません。

下手側の座席でないと見えない、後方だとオペラグラスがないと見えない、というなかなか条件揃わないと最後の場面の表情は見られなかったので、勿体ないなあと思いました。

しかも逆サイドでは山崎さんが熱演されているので…つまり目が足りません!

 

同じ脚本をキャスト替えでやる場合、どこまで演出でどこから役者の裁量なのかなと考えてしまいます。もちろん同じ演出でも役者さんが違えば変わるので、そこも面白いところです。

で、これを解明するには別キャストさん(できれば3組以上)観ないと分からないと思うのですが…お金と時間がないので分からないままになってしまいました。こういうところ、観劇が趣味なのではなくて本当に単なる役者のオタクなんだなと思います。

いろんな組を見比べて楽しむのが本来の楽しみ方なんだろうになあ…

 

ラストシーンの切替と、地の文の読みがナレーション風だったのが演出なのか拡樹さん自身の表現なのかが知りたいです。

ラストシーンは演出で地の文の読みは拡樹さんの判断なのかなあと思っているのですが。どうなんでしょう。

地の文の読みは、GWに公演があった『私の頭の中の消しゴム』がセリフ口調だったのでそれとは変えてきたのかな、と思ったのです。いろいろなやり方に挑戦しているのかな、と思いました。

 

拡樹さんの高寿は、穏やかで包容力があって、失敗することもあるけど自分できちんと立て直して相手に謝罪できる、うん、やっぱり20歳にしては大人だったかなー、と思います。

あとこれは役の中に俳優本人を投影してしまっている部分があるとは思うのですが、「きもい」の一言があんなに浮くの、逆にすごいと思いました。「気持ち悪い」は浮かないけど「きもい」は浮いて聞こえるんです。やっぱりキャストのイメージを投影してしまっているからかなあ。でも知らない頃には戻れないし…とぐるぐるしてしまいます。

 

そういえば友達が観終わって「ひろきくん、また円環の中で歴史守ってるんだね」って言ったので吹き出してしまいました。そうだね!